他人に攻撃的になってしまう心理を考える
介護業界では、ご利用者様からの暴言、暴力が問題となっており、2020年の調査では98%もの介護職員が暴言、暴力を受けた経験があると答えています。また、利用者様同士の暴力等もよく目にするものです。ご家庭で認知症介護をされている方もご経験があるのではないでしょうか?では認知症の方はどうして暴力行為を行ってしまうのでしょう。ここでは3人のご利用者様を例に挙げ、行動の理由とその解決法を紹介していきます。
【ケース1】うまく話が伝えられずイライラ
脳血管性認知症の北野さん(仮名)は、60歳の時に脳出血で倒れ、右半身の麻痺と言語障害が後遺症として残ってしまいました。言語障害というのは、舌が思うように動かせない、言いたいことはあるのに言葉が出て来なくて上手く伝えられないと言う症状です。また、北野さんの脳血管性認知症は、症状の現れ方に波があり、出来ることと出来ないことがはっきり別れてしまったり、突然態度が豹変したりしてしまいます。
北野さんは正義感の強い方で、他の利用者様の行動をよく注意をする方でした。注意に対して「何を言ってるのかわからない」と言われ、それに対してひどく怒ってしまいます。時には、相手を殴ってしまうこともありました。北野さんが怒ってしまう原因は明白ですが、他利用者様の行動や言動も理由があることなので責められません。
【ケース1】そんなときはどうする?
本来、北野さんの他人を注意する能力は非常に素晴らしいもので、他人への関心、関わりをもつ事は、能力としてレベルが高く、維持していきたい能力です。「気にしないで」「放っておいて」と北野さんに言うことは簡単ですが、それでは北野さんのストレスが溜まっていくだけではなく、いずれ他人への関心がなくなり、北野さんが他人とのかかわりを持つことに後ろ向きになってしまう危険性もあります。問題なのは、他人を注意することではなく、その後のトラブルや暴力行為なのです。
私たち介護士に出来ることは、そのクッションになることです。北野さんが何かに気づいたとき、まず私たちに言ってもらうことにしました。私たちが間に入り、北野さんの気持ちを代弁したり、問題を解決することで、徐々にトラブルが減っていくようになりました。
【ケース2】トイレが面倒くさい
アルツハイマー型認知症の永野さん(仮名)は『抑うつ状態』が続いていました。『抑うつ』は『うつ病』と混同されやすいのですが、認知症のBPSD(周辺症状)のひとつです。気分の落ち込みや、自分や周りへの無関心などがあります。永野さんは、トイレや身だしなみを整えることに対する抵抗が強く、「必要ない」と言って介助しようとする職員の腕や胴を叩いてしまう事が度々ありました。
しかし、『排泄』は生きていく上で避けては通れないもの。ご利用者様の『人間らしい生活』を整える事は介護士としての仕事でもあります。
【ケース2】そんなときはどうする?
永野さんが拒否をするのは、主に「面倒くさい」という感情です。私たちも持つ当たり前の感情ですが、トイレも面倒くさいというのは、うつ症状のひとつで、セルフネグレクト(自己放任)と呼ばれます。「それは、今はいい」と永野さんの中で気持ちが発生してしまうと、なかなか行動に移すことができません。そうなると、介護拒否に繋がり、暴力にまで発展してしまうことがあるのです。永野さんの気持ちを尊重するだけでは、不潔なまま放置することで尿路感染などの病気まで引き起こしてしまいます。永野さんの意思を尊重しつつ日常生活を送ってもらうことは、一見、無理難題かと思われていました。
しかし、永野さんの介護拒否にはムラがあり、生きる上で必須な『食べること』『寝ること』は拒否しません。私たちはそこに着目しました。私たちの施設では、利用者様が自分で台所に食事を取りに来て、食事の後は、自分で下げ、洗い物をします。その動作時に、流れでトイレにも誘導することにしてみました。すると、以外にもすんなりトイレへ行ってくれます。永野さんは、トイレへ行くことが嫌なのではなく、面倒くさい行動を行うという壁が厚かったのです。
【ケース3】薬の副作用で感情がコントロールできない
アルツハイマー型認知症の林さんは、毎日認知症の進行を緩やかにする薬を服用しています。このお薬は、副作用として『徘徊、幻覚、暴力、攻撃的になる』などの症状が報告されています。林さんも例外ではなく、幻覚による『何か』を探して徘徊し、それを他の利用者様にたしなめられたり、『何か』が見つからないことによってイライラする事で、物を叩きつけたり、他人に攻撃的になってしまう事があります。林さんも、その時々によって症状が様々で、ニコニコと朗らかに挨拶をしたり、お茶目な一面を見せることもあります。こちらが、本来の林さんなのだと思います。
しかし、一度徘徊が始まってしまうと林さんは『何か』を探し続けてしまいます。他利用者様のお部屋に入ってしまうこともしばしばです。そして、それをその部屋の利用者様に怒られること、探しているものが見つからないことでイライラが増幅してしまいます。
【ケース3】そんなときはどうする?
林さんの行動は一見不可解なようですが、『何か』を探し、それが見つからずに困っている状態です。見つからない状態が続くことで、当初の目的よりも『不安』や『混乱』が頭の中を占めてしまっていることもあります。
こういう時は、混乱状態の林さんの気持ちを落ち着かせることが第一です。そして「どうして困っているのか」を知ることで、思ったよりも簡単に解決出来る場合があります。まず「どうしたんですか?」と声をかけます。私たちの施設では「ありがとう」と共に使われる魔法の言葉です。何かに夢中になって一生懸命やっている行動の裏には、その人なりの理由があります。それを上手く言えない場合もありますが、「帰りたい」なのか「探している」なのかだけでも情報が全然違うのです。
引き出したキーワードを元に、林さんの気持ちを代弁し、時には大げさに同調します。これは、林さんが普段、茶目っ気のあるノリの良い方だからです。自分が怒っているよりも怒っている人がいると、逆に冷静になってしまったり、「分かってくれている」と感じてもらう心理を活用しています。そして「自分も協力する」「任せてほしい」と伝え、それに乗ってくれたら成功です。
攻撃的になってしまう心理の共通点
今回は、様々なケースの方を紹介いたしました。攻撃的になってしまう方は、何も他人を痛めつけてやろうと思っているわけではありません。年を取ると、脳の働きの低下から感情をコントロールすることが難しくなっていきます。思いを上手く伝えられなかったり、思っていたものと違ったりすることで、感情が大きくなってしまうのです。感情が爆発するから、暴力に繋がってしまいます。
認知症の方は、感情の記憶が残りやすい事から、論理的な理解よりも快感や不快感といった感覚的の理解が得意です。得意という事は、論理的理解よりも感情的な判断を優先してしまうということでもあります。また、羞恥心やプライドも変わらず持ち続けていると言われており、それらを尊重する事が、感情を爆発させない事につながります。利用者様ファーストの考え方が、自分を被害者にしない、相手を加害者にしない介護方に繋がっていくと私は考えています。
しかし、純粋な相性(女、男というだけで無理等)があったり、ご自宅で介護をされている方では、状況やできる事がまた違うと思います。自分の気持ちや体が危険と感じる前に、お住いの自治体で介護保険課又は地域包括支援センターで相談してくださいね。